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吉右衛門

2018年4月15日 (日)

これはすでに狩った

昨日は、吉右衛門の2回目の月命日でした。

供養代わりに、吉の思い出をお絵かきしようと思っていたのですが、何もする気になれなくて。

吉がいなかった時の生活に戻ればいいだけのことなんだけど、あの頃のパワーはどこにいってしまったのでしょ?

(単に低気圧のせいで、どよ~んとしてるだけかも)

 

今年もクンシランが花開きました。

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おばあちゃんが、お友達から頂いたというクンシラン。
もらった時に、「花、咲かないよ」と言われたそうですが、昨年、初めて花を咲かせました。

咲かないクンシランが咲いたのだから、きっと奇跡は起こる――

祈るような思いで、当時、闘病中だった義妹と、吉右衛門の回復を願ったけれど、
ふたりとも、もう この世にはいません。

ああ でも 2、3日と言われた吉が、1年以上も命を長らえたのは、奇跡と言えるかも。

昨年の今頃の吉↓

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いつの間にか、ハナミズキも花をつけていました。

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私が、ハナミズキが好きだと言ったら、おじいちゃんが、植えてくれたハナミズキ。

ツクネがいて、ハツがいて、おじいちゃんがいた――すでに遠い昔のこと。

ツクネとハツとおじいちゃんの物語に登場させた椿は、今年も変わらずに咲いたのに。

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振り返ってばかり。
そろそろ前を見なくちゃね。

(=^ェ^=)(=^ェ^=)(=^ェ^=)

 

モミジは元気です。

春は狩りの本能が刺激されるのか、
それとも「おじちゃんいなくて寂しいなら、モミジが遊んであげるよ」とでも思っているのか、
暇になると、キャッチ レジ袋に誘ってきます。



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キャッチしたレジ袋をさんざん弄び――


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やがて、違うレジ袋を投げるように言ってきます。

いたぶり済みのレジ袋を拾って投げても、追いかけません。



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そんなわけで、2階の廊下には……


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2018年4月 3日 (火)

四十九日

今日は吉右衛門の四十九日。

季節が駆け足で過ぎていくので、吉のいた日々が遠い昔のように感じられます。

でも、寂しさはあの日のまま。



仏教では、四十九日に来世での行き先が決まるとか。

吉は、虹の橋へ行くのか、天国へ行くのか、生まれ変わるのか、そもそも魂が存在するのか。

魂があるのなら、そばにいてほしい。



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先日、“パパさん”とお花見に行ってきました。

山の神千本桜。山の上に神社があって、(祀られている神はオオヤマツミ)その参道に桜が植えられています。
上の方は、まだ開化していませんでしたが、ふもとは今が盛りでした。



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ふもとの鳥居。ここから1時間近く登ります。
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頂上。

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神社は、昭和に整備されたようですが、古くから信仰されていたということで、近くには苔むして風化した祠と像がありました。

古事記ではオオヤマツミは男神ということになっていますが、本当は女神かも。

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(オオヤマツミとは関係ない像かもcoldsweats01


この付近で巨大な猪に遭遇。びっくりしすぎて写真には撮れませんでした。


こちらは下山した後の写真。
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吉が冬を越すのは難しいとわかっていたし、実際に桜を見ずに逝ってしまったけれど…………。




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2018年3月28日 (水)

六七日+1日

昨日は吉右衛門の六七日(むなぬか)。

(ココログのメンテナンスやら外出やらWi-Fiの接続が今ひとつやらで、供養代わりのお絵かきUPが1日遅くなってしまいました。)

吉が鳴いていないか、耳を澄ますことはなくなったけれど、
それでも、TVの音の中に、吉の声と同じ波長を感じて、「あれ?」と思うことがあります。

吉とよく散歩した公園へはまだ行けないし、何かの拍子に、ずーんと心が重くなったり、涙が出たりすることはあるけれど、
吉のいない暮らしに、少しずつ慣れてきたような気がします。

家族や、友達の支えのおかげです。
同じ悲しみを経験した人たちがいる、と思うだけで励まされ、慰められます。

特にパパさん

吉の食事を作り、トイレに連れだし、通院では毎回車を出し――。
先日は、吉の食事を作る時に使っていたミキサーを見て、「寂しいなぁ」とつぶやいていました。

以下は、吉が旅立つ1週間ぐらい前のできごと。

夜中に、犬が吠えるような声がして、目を覚ましました。

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吠えていたのは、吉ではなくて、“パパさん”でしたcoldsweats01

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パパさんは間もなく目を覚まし、「悪夢を見た」
「どんな夢?」
「化け物に追いかけられて、吉を抱えて逃げる夢」

想像図

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それで吠えていたのか。

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犬になってもいいけどきっと顔が柴で体はコーギーだな夢の中でも抱っこじゃなくて抱えるんだね膀胱圧迫でチッコが出たのでは夢の中で私はどうなったんだろもしや置き去り

などなど思いましたが、

1番は、それだけ吉が大事なんだね。ありがとうね

2018年3月20日 (火)

分離不安

今日は、五七日(いつなぬか)吉右衛門が旅立って35日目。

最近、モミジが、頻繁に私のところへやってきて、遊びに誘います。

ぼ~~っとしている私を励まそうとしているのか、それとも、モミジも寂しいのかな?

私の部屋に居座るモミジ

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吉も寂しがりでした。おそらく、分離不安だったのだろうと思います。

ゴミ袋破壊事件をきっかけに、(暑くなってきたこともあり)、人の気配が感じられるようにと、吉を玄関へ入れました。
吉と3号、モミジが、互いの存在に慣れたのを見計らって、吉の居場所を居間へ移したのは7月の始め頃だったと思います。

窓際に置いた長座布団が吉の寝床。
誰かがそばにいれば、吉は安心して眠っていました。

けれど、私が出かけようとすると、ヒンヒン鳴いたし、おばあちゃんによると、私がいない間、玄関に座って私の帰りをずっと待っていたそうです。(当時、パパさんは単身赴任中だったし、おばあちゃんは自分の部屋にいることが多かったのです)

その程度なら、まあ、ありがちかな、とタカをくくっていました。私の留守中、ずっと鳴いているわけでもないし、いたずらをするわけでもなかったので。

でも――

8月のある日のことです。
とても暑かったので、居間にはクーラーを入れたのですが、私は冷房が苦手なので、吉が眠っているのを見すまして、2階で仕事をすることにしました。

しばらくすると、カチャカチャ、ガッタン、カチャカチャ、ゴットンと、階段のあたりで妙な音がします。
見ると……

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カチャカチャは、吉の爪の音でした。

足腰の衰えを自覚していたのでしょう、吉はそれまで2階に来たことはありませんでした。その彼が、這いつくばるようにして、階段を上がってきたのです。

「吉ちゃん、危ないから!」
私は、慌てて片方の手で首輪を持ち、もう片方の手で胴を支えて、吉を引き上げました。(当時の吉は、抱っこが好きではなかったのです)

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危険を冒してまで追ってきたのは、前の飼い主さんとの別れが心の傷になっていて、重篤ではないにせよ分離不安があったのかな、と思います。

 

↓2階の廊下で眠る吉。2013年8月撮影
(畳の部屋に入ってはいけないと思っていたらしい)

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そばにいれば安心。

 

私は幼い頃に、父母と離れて暮らした経験があるので、その時の気持ちを吉に投影しているのかもしれません。
私が吉に抱く感情の源がどうあれ、吉は寂しがりで、ぼへ~っとしていて、可愛い犬でした。

 

吉がずっと分離不安を抱えていたかというと、そんなことはなくて、
涼しくなる頃には――

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2018年3月14日 (水)

初月忌

今日は、吉右衛門の初めての月命日。

バレンタインデーに逝くなんて、吉らしい。しかも戌年。

吉は、大人しくて控えめで、とても従順でしたが、女のコ(特に柴系)に対しては、すこぶる積極的だったのです。

こちらは、預かりボラさんのめいさんからいただいた写真。

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↓彼女は、最初のガールフレンド。(我が家に来てからのことなので、それまでいったい何人のコとつきあっていたのか)

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元気だった時も、歩けなくなってからも。

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 バレンタインデーに逝ったのは、愛の告白を期待して、古い体を脱いで、想う女のコのところへ飛んでいきたかったから?

 それとも、好きな女のコが虹の橋広場にいるから?

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(エビィちゃん、元気にしてるといいなぁ)

 

 

今日は、ホワイトデー。
今頃は、バレンタインのお返しに飛び回っているかな?
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2018年3月13日 (火)

初めての自己主張

今日は、吉の四七日(よなぬか)。吉が旅立って28日目。

特に、法要を行う予定はありませんが、供養の代わりに、せめて吉の思い出をたぐろうかな、と。

 

我が地域では、火曜金曜が可燃物収集日。

吉がいたころは、毎回、二つか三つのゴミ袋を出していました。顔を拭いたり、ハナやチッコをきれいにしたりで、2日にひと箱のペースでティッシュを消費していたし、ペットシーツも1日に数枚使っていたので。

でも、今は、ゴミ袋はひとつ。

それも寂しい。

 

ゴミを出すたびに思い出すのは、吉の初めての自己主張。

 

2013年6月初旬のこと。
我が家へ来たばかりの吉は、本当に大人しくて控えめで、ひたすら従順でした。

 

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外飼いも可能な犬だと聞いていたので、先住猫3号が吉の存在に慣れるまで、吉には庭に住んでもらうことにしました。

おまけ猫のモミジと3号が互いに慣れる必要もありましたし。

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今、思えば、吉は我が家に馴染もうと、かなり頑張っていたのでしょう。

 

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これには、びっくりしました。
吉は拾い食いをしないコだったし、ゴミ袋には、犬がほしがるようなナマ物も入っていませんでしたし、それまでの吉は、まったくいたずらをしなかったからです。

「もしかして、かまってコール?」

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「わがまま言って、いいんだよ。がまんしなくていいんだよ。放っておいてゴメンね」
なだめましたが、吉はプイと、背中を向けたままでした。

吉には分離不安があると知ったのは、もう少しあとのこと。

ゴミの日には、すねてる吉を思い出して、今も ほろ苦い気分になるのです。

2018年3月 6日 (火)

吉が教えてくれたこと

吉が教えてくれたこと、その1

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こちら↓は、2013年5月、譲渡会での写真。預かりボランティアのめいさんからいただきました。

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猫に寛容で、しかもこのルックス。lovely

私が一目惚れするのも無理ないでしょ?

女のコを見ればナンパ ↓ 吉らしいcoldsweats01

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吉が教えてくれたこと、その2

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成犬を迎えるのは、実はちょっと不安がありました。
私の父は鉄道関係の仕事をしていて、私は幼いころから忠犬ハチ公のお話を聞かされていました。
そのせいか、犬は、(特に日本犬は) 1人の主(あるじ)に生涯の忠誠を誓う、みたいなイメージを持っていたのです。

猫に寛容と聞いていても、吉は、私たちとの暮らしに慣れてくれるだろうか、猫とうまくやれるだろうか。
また、先住猫3号が吉に慣れるだろうか。
子犬ならともかく、吉は柴系にしては大きめで、ダイと名づけられたほど。3号が吉を怖がるのではないか――そんな心配もしていました。

でもね。

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吉は本当に人なつこくて、触らせてくれたし、人に向かって吠えることもありませんでした。
(
なので、番犬にはなりませんでした)

 

3号も、そんな吉の穏やかさを感じ取ったのでしょう。
一応、迎えてからしばらくの間、吉は屋外で過ごしてもらいましたが、数日もすると、3号の方から吉に寄って行くようになりました。

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吉が教えてくれたこと、その3

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吉の本当の年齢はわかりませんが、2015年の春頃から歩みが遅くなり、車に飛び乗れなくなりました。
2016年4月には前庭障害を患い、いっきに老け込みました。

2016年の12月13日に3号が逝くと、まるであとを追うように食べなくなり、12月30日には、「2、3日がヤマ。入院もできますが、おうちで看てあげた方が……」と言われ、
本格的な介護が始まりました。

大変だった……かな?

でも、可愛くて、愛しくて、切なくて、かけがえのない時間でした。

 

吉が教えてくれたこと、その4

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「最前線で戦っているのはこいつなんだから、おれたちは後方支援に徹するしかない」
このパパさんの言葉で、はたと気づいたのは、以前に書いた通り。

主体はあくまでも吉。

「生きる」とは
「命を終える」とは――

吉は、私に、とても大切なことを教えてくれました。

人を含めて、見送るのは吉が初めてではないけれど、
吉がいたから、見つめ直すことができたこともあるし、
新しく教えてもらったこともたくさんあります。

あらためて、ありがとう。

 

蛇足
パパさんが吉から教わったこともあるのですよ。

今まで水仕事なんかしたことのなかったパパさんですが、
介護中は、吉の食事を作ったり、お皿やフードカッターを洗ったりと、台所仕事にいそしみました。

そして、朝の最低気温が氷点下になる日が続いた1月。

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あかぎれができたのは初めてだったみたいですcoldsweats01

 

今日は三七日(みなぬか) 吉が旅立って21日目。

パパさんのあかぎれはすっかり治っていて、
「それも寂しい」
と、肩を落としておりました。

2018年2月27日 (火)

二七日

吉右衛門が旅立って、14日目。

SNSのお友達が吉の似顔絵を送ってくれました。描いてくださったのは、その方のお知り合いの絵師さんだそうです。

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おっとりした表情も、額の模様も、ちょっと傾いた右耳も、ふかふかの首毛も、
吉そのもの。

おばあちゃんが、「そっくりだねぇ。よく似てるねぇ」とニコニコ。

「元気な時の吉だね」
「目が丸くて優しい感じ」
「この黒地に水玉模様の首輪、おばあちゃんが買ったんだよね」
などなど、
笑顔で吉の話ができました。

ありがとうございました。

(=^^=)(=^^=)(=^^=)

夕方には、パパさんと一緒に、吉がお世話になった病院へ挨拶に行きました。
私たちの望みは、吉が自然に穏やかな最期を迎えることでした。そういった私たちの気持ちをくみ取って、吉が楽に過ごせるような治療方法をとってくださった獣医さんに、感謝の気持ちを伝えたかったのです。

「本当によく頑張りました。夏にもちなおしたのは奇跡。この冬、食べられなくなったのも、眠れなくなったのも、体が限界だったからだと思いますよ」
獣医さんはそう仰っていました。

「つまりのところ、老衰だったのかな」
「多分そうだろ。最期は苦しまなかったし」
帰りの車の中でそんな話をしました。

老衰ならいい。天寿を全うしたのなら、それでいい。

(=^ェ^=)(=^ェ^=)(=^ェ^=)

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2018年2月20日 (火)

初七日

吉のいない生活7日目。

まだ実感がありません。
ずっとパソコンに向かっていても、吉に呼ばれないのが不思議。

使える時間が増えたにもかかわらず、何もする気になりません。

「まさかのペットロス。こんなにダメージが大きいなんて、自分でもびっくり。看取るのは吉が初めてじゃないのにね」
パパさんにこぼしたら、
「吉から、たくさん幸せをもらったからだろ。悲しむのは悪いことじゃない。無理しないで、ゆっくり立ち直っていけばいい」
と言われました。

そうか。今が悲しいのは、吉がいた時にとても幸せだった証拠。

吉と暮らしたのはたった4年と8ヶ月。
けれど、とても濃い時間を過ごした。
特に、歩けなくなってから411日間は――
(ツクネもハツも3号も、亡くなる間際まで自力で歩いていたし、認知症にもならなかったので、介護らしい介護をしなかったのです)

実父の姿を重ねていたせいもあったのでしょう。
愛しくて、切なくて、
幸せだったのだな……と、あらためて思いました。

(=^^=)(=^^=)(=^^=)

居間に置きっぱなしだった吉右衛門のベッドやらトイレシーツやら、ご飯台など、細々した物を片付けました。
そうしたら、モミジがやってきて、ニャーニャー鳴きながらうろうろ。

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やがて、吉右衛門の思い出の品を収めた箱に――

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モミジは食器棚や仏壇などの高い所にいるのは好きですが、ふだん、猫ハウスや箱など、狭い所には入りません。
だから、ちょっとびっくり。

吉の不在が不思議だったのか、
吉がいなくて寂しいのか。

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とうとう、きみだけになってしまったね。

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普段は、“おばあちゃん”の部屋で寝るモミジですが、昨夜は、ここで眠ったみたいです。
“おじちゃん”を護っているつもりかな?

2018年2月17日 (土)

荼毘に付しました

2月15日午後8時、吉右衛門を荼毘に付しました。
お忙しい中、駆けつけてくださっためいさん(吉の預かりボラであり、吉と私との縁を結んでくれた方です)ありがとうございました。
人間と同じように式を執り行ってくださった、めの里ペット霊堂のご住職にも感謝申し上げます。

私が勝手に一目惚れして連れ帰った吉を、大事に大事に看てくれたパパさんにも、あらためてありがとう。
最後の数日は、私よりも上手に吉に食べさせてくれたし、吉もパパさんが作ってくれたご飯をよく食べたね。
夜も騒々しかった吉を、温かく見守り、可愛がってくれたおばあちゃんにも感謝です。
13日の午後には、モミジも吉の様子を見に来てくれたね。急に鳴く吉が怖くて、居間に来られなかったのに。
吉との別れが近いことがわかったのかな。
寂しいね。


取りあえず居間の窓際に安置。
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仏壇的なものを作って手元に置いておくか、ツクネやハツと同じように散骨するか決めかねています。

 

以下は、吉の最期に関する私の覚え書きです。ずるずると長い文章ですし、写真やイラストもありません。生々しい表現もあるので、どうかスルーしてください。
私の場合、文にすることで気持ちの整理がつくみたいです。
個人の日記にでも書いておくべき内容ですが、大切な思い出を大事な場所に置いておきたいという気持ちもあり、ここに記しておくことにします。
そのうちに、吉の目線で「お絵かき」をしようと思います。

(=^^=)(=^^=)(=^^=)

 

「おい」
ポンと背中を叩かれて、私ははっと目を覚ました。吉の隣に横になって、彼の手を握っていたつもりだったが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「吉が……
パパさんに言われるまでもなく、吉の様子がおかしいことにすぐに気づいた。
前足を突っ張って「う-」と、妙な声で唸っている。息を吸わないまま、吉は再び唸った。
「吉ちゃん! 息、吸って!」
私は、吉の胸を押した。パパさんは、頬を手の平で軽く叩いていた。

3度目の唸り声の後、吉は動かなくなった。2月14日、午前1時45分のことだった。

 

あとで聞いた話。
オリンピックの中継を見ていて、パパさんもうつらうつらしてしまったらしい。ふいに目覚め、テレビがつけっぱなしになっていていることに驚いたという。
「吉は?」と、ふりかえってみると、身動き一つしていない。
「まさか……
じっと目を懲らしてみれば、微かに胸が上下している。
ほっとして、吉の背に手を当てたら、吉が小さく「ファッホー」と鳴いた。手足を突っ張り始めたのはその直後。
そこで私に声をかけたとのこと。時間にしておよそ5分。

「吉は別れを言いたくて、俺たちが起きるのを待っていてくれたのかな」
パパさんがそう言った。
あるいは、別れの時を、パパさんが直感したのではないか、もしくは、3号が吉を迎えにきて、パパさんを起こし、吉に別れの言葉を言わせたのではないか――と、私はそんな想像をしている。

(*´ェ`*)(*´ェ`*)(*´ェ`*)

「吉は寝てる?」
「うん。よく寝てる」

吉が息を引き取ってからも、パパさんと私との間で、そんなやりとりを何度も交わした。
吉の顔はとても穏やかで、まるで眠っているようだった。

「ほら、起きて」
毛布の上から、ぽんぽんと背中を叩いてみる。でも目覚めない。
「吠えてもいいんだよ」
首のあたりを撫でてみる。でもやっぱり目覚めない。
自慢の白くて長い首毛は、変わらずふかふかしていたが、少しひんやりしていた。

連続して1時間とは眠らず、目覚めている間はずっと鳴いていた吉が、何も言わずに目を閉じていることが悲しくてならなかった。

何を食べても味が感じられない。何かをしようとしても、ぼんやりと手が止まってしまう。
「らしくない」と、自分でも思った。

14日の午前中に、パパさんめの里ペット霊堂に電話をした。
「15日の夜8時しか空いてないって」
「混んでるんだね」

ここ数日の寒さが、老犬老猫、病気の犬猫に応えたのだろう。霊堂は予約でいっぱいとのことだった。寺に併設され、ペットの火葬や葬儀もしてくれるその霊堂は、先代犬のツクネやハツの時にもお世話になった。そう言えば、ツクネは1月、ハツは3月に亡くなっている。

「バスタオルで包んでくれって。あと、棺に入れる物」
「棺に入れる物?」
「首輪とか、好きだったおもちゃとか、おやつや花が一般的だそうだよ」
「吉が好きな物って、なんだろ」 

何も思い当たらない。

2016年の暮れ、危篤に陥って以降、吉は固形物がうまく食べられなくなった。ジャーキーはもちろん、この数ヶ月は、大好きだった薄切り牛肉やマグロのさしみも口にしなくなった。

「おもちゃで遊んだりもしなかったし」
「ここ1年は首輪もしていないし、オムツやハーネスとか拘束される物、好きじゃなかったものな」
「うん、基本、裸族だから」

強いて言えば、私が添い寝して、私のタオルケットを頭にかぶせると、寝付きが早かった。慣れた匂いがあれば安心できたのだろう。
でも、タオルケットではがさばるから、私が枕カバー代わりにしていたバスタオルで包んであげることにした。洗濯もしていなくて、私の髪の匂いと吉自身のよだれつきのバスタオル。死に装束にはふさわしくないけれど、「そばにいるよ」の気持ちを込めて。


「お花を買いに行かないとね」
「おれも行くよ」
「え?」
一瞬、驚いた。
この1年と2ヶ月、吉から目が離せなかったので、私かパパさんのどちらかが家にいるようにしていた。腰の悪いおばあちゃんには、8㎏の吉を抱いてトイレをさせたり、水を飲ませたりするのは無理。だから、パパさんと一緒に出かけることはなかった。
「そっか」
もう、二人で出かけても、吉は困らないのだ。
そのことも悲しかった。

近くのショッピングモールへ、菓子折と花を買いに行った。
パパさんの車の助手席に乗り込む。
「そこへ乗るのは久しぶりだな」
「うん」
この数ヶ月、パパさんの車で出かけるのは、吉を病院へ連れて行く時だけ。その時は、吉を抱いて後部座席に乗っていたので、助手席に乗るのは、本当に久しぶりだった。

花屋には、きれいな花がたくさん売っていたけれど、結局、仏壇用の小菊の切り花を買った。
地味な柴系の雑種。吉には、小菊が似合うと思った。

 

それから葬儀までの数時間、私は吉の顔をのぞき込んでは「起きて」と声をかけたけれど、吉は目を覚まさなかった。

(=^^=)(=^^=)(=^^=)

午後7時過ぎ、めの里ペット霊堂へ連れていくにあたり、私は吉をバスタオルで包んで抱きあげた。いつものように、左腕を胸にさしこんで、右手でお尻を支える。すでに硬直が解けていて、抱き心地は以前と変わらない。気温のせいか、少し温かく感じた。
病院へ行く時と同じように、後部座席に乗った。
姿勢も、重さも、感触も、視界に写る車内の景色も、吉を抱いて病院へ行った時と変わらない。
ただ、吉が鳴かない――それだけが違った。

 

「こんばんは」
霊堂で、吉を棺に収める準備をしていると、“めいさん”が待合室からの階段を降りてきた。
めいさんは、吉が我が家へ来る前に、吉を預かっていてくれたボランティアさん。以前からの知り合いでもある。
吉とモミジを迎えることができたのは、めいさんのおかげ。だから、吉が亡くなった朝、一番に連絡し、葬儀の場所や時刻もお知らせした。
めの里ペット霊堂はめいさんの家の近く、しかも葬儀の時刻は午後8時。
昼間の葬儀だったら、会社勤めをしているめいさんは、吉の顔を見られなかっただろう。

吉との出会いも、偶然が重なったが、別れも偶然が重なった。

迎えたばかりの頃、吉は心細げに「ヒンヒン」鳴いた。飼い主さんにセンターへ持ち込まれ、保護ボラさんからめいさんのお宅へ。息子さんのゆうくんにも可愛がってもらった吉は、おそらくめいさんゆうくんが恋しかったのだろう。
葬儀が午後8時になったのは、最後にめいさんに会うためだったのだろうか。

何だか見えない力が、働いているような気がした。

収骨までの時間、待合室で住職とめいさんパパさんと私とで雑談した。他愛のない会話で心が安らいだ。
待合室には大きな黒猫がいて、ずっとパパさんの膝に乗っていた。まるで慰めているように。
猫の3号が亡くなった夜を思い出す。あの日、私は吉の首に顔を埋めて眠った。3号がいない寂しさを、吉が埋めてくれた。
3号の死後、吉は間もなく危篤に陥り、奇跡の生還を果たした。私のためにこちらに残ってくれたのではないか、などと妄想したりもしたが、
今度は、吉がいない寂しさをどうやって埋めたらいいのだろう。

 

「ずいぶん、小さくなっちゃったね」
骨になって出てきた吉を見て、そうつぶやいた。
「でも、おでこは吉だ」
思わず、額に触れる。
「面影は残っているものですよ」
住職がおっしゃった。
とても悲しかったけれど、気持ちに少しだけ区切りがついた。

収骨後、住職がまた読経してくださった。
たぶん般若心経。
仏教では、人間以外の生き物は畜生に分類され、本来は仏の教えを説いたりはしないのだろうが、飼い主の気持ちに寄り添って家族の一員として扱ってくれることが有り難かった。

 

帰りは、吉の骨壺を抱いて、助手席に乗った。
「死者を祀るのは人間だけかな……
「どうだろ。他の動物ではそんな話は聞かないけど」
「お葬式って大事だよね。一つの儀式を終えるたびに、薄皮を1枚はぐみたいに、死んだことを受け入れていくような感じがする」
「そうだな」
車の中で、パパさんとそんな話をした。

吉の骨壺は、家族が見えるように居間の窓際に置いた。“めいさん”からいただいた花束を飾る。“パパさん”が、フードを供えた。
このまま手元に置いておくか、ツクネやハツと同じように庭に散骨するか、まだ決められない。

 

私は特定の宗教を信仰しているわけではなく、死んだものがどこへ行くのか知らない。
魂は生まれ変わるのか、天国へ行くのか、黄泉へ行くのか、根の国へ行くのか、
そもそも魂というものが存在するのか。

それでも、吉が今、安らかであることを祈らずにはいられない。
虹の橋のたもとで、ツクネやハツや猫の1号2号3号と一緒に、私たちを待っていてくれたら嬉しい。
吉のことだから、元の飼い主さんや、めいさん”“ゆうくんも待つのではないか、そして、遠い未来に、みんなで虹の橋を渡るのではないか――そんなことを夢想している。

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