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作品/村田栞

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犬猫物語

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3号

2018年4月 3日 (火)

四十九日

今日は吉右衛門の四十九日。

季節が駆け足で過ぎていくので、吉のいた日々が遠い昔のように感じられます。

でも、寂しさはあの日のまま。



仏教では、四十九日に来世での行き先が決まるとか。

吉は、虹の橋へ行くのか、天国へ行くのか、生まれ変わるのか、そもそも魂が存在するのか。

魂があるのなら、そばにいてほしい。



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先日、“パパさん”とお花見に行ってきました。

山の神千本桜。山の上に神社があって、(祀られている神はオオヤマツミ)その参道に桜が植えられています。
上の方は、まだ開化していませんでしたが、ふもとは今が盛りでした。



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ふもとの鳥居。ここから1時間近く登ります。
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頂上。

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神社は、昭和に整備されたようですが、古くから信仰されていたということで、近くには苔むして風化した祠と像がありました。

古事記ではオオヤマツミは男神ということになっていますが、本当は女神かも。

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(オオヤマツミとは関係ない像かもcoldsweats01


この付近で巨大な猪に遭遇。びっくりしすぎて写真には撮れませんでした。


こちらは下山した後の写真。
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吉が冬を越すのは難しいとわかっていたし、実際に桜を見ずに逝ってしまったけれど…………。




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2018年3月13日 (火)

初めての自己主張

今日は、吉の四七日(よなぬか)。吉が旅立って28日目。

特に、法要を行う予定はありませんが、供養の代わりに、せめて吉の思い出をたぐろうかな、と。

 

我が地域では、火曜金曜が可燃物収集日。

吉がいたころは、毎回、二つか三つのゴミ袋を出していました。顔を拭いたり、ハナやチッコをきれいにしたりで、2日にひと箱のペースでティッシュを消費していたし、ペットシーツも1日に数枚使っていたので。

でも、今は、ゴミ袋はひとつ。

それも寂しい。

 

ゴミを出すたびに思い出すのは、吉の初めての自己主張。

 

2013年6月初旬のこと。
我が家へ来たばかりの吉は、本当に大人しくて控えめで、ひたすら従順でした。

 

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外飼いも可能な犬だと聞いていたので、先住猫3号が吉の存在に慣れるまで、吉には庭に住んでもらうことにしました。

おまけ猫のモミジと3号が互いに慣れる必要もありましたし。

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今、思えば、吉は我が家に馴染もうと、かなり頑張っていたのでしょう。

 

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これには、びっくりしました。
吉は拾い食いをしないコだったし、ゴミ袋には、犬がほしがるようなナマ物も入っていませんでしたし、それまでの吉は、まったくいたずらをしなかったからです。

「もしかして、かまってコール?」

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「わがまま言って、いいんだよ。がまんしなくていいんだよ。放っておいてゴメンね」
なだめましたが、吉はプイと、背中を向けたままでした。

吉には分離不安があると知ったのは、もう少しあとのこと。

ゴミの日には、すねてる吉を思い出して、今も ほろ苦い気分になるのです。

2018年3月 6日 (火)

吉が教えてくれたこと

吉が教えてくれたこと、その1

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こちら↓は、2013年5月、譲渡会での写真。預かりボランティアのめいさんからいただきました。

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猫に寛容で、しかもこのルックス。lovely

私が一目惚れするのも無理ないでしょ?

女のコを見ればナンパ ↓ 吉らしいcoldsweats01

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吉が教えてくれたこと、その2

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成犬を迎えるのは、実はちょっと不安がありました。
私の父は鉄道関係の仕事をしていて、私は幼いころから忠犬ハチ公のお話を聞かされていました。
そのせいか、犬は、(特に日本犬は) 1人の主(あるじ)に生涯の忠誠を誓う、みたいなイメージを持っていたのです。

猫に寛容と聞いていても、吉は、私たちとの暮らしに慣れてくれるだろうか、猫とうまくやれるだろうか。
また、先住猫3号が吉に慣れるだろうか。
子犬ならともかく、吉は柴系にしては大きめで、ダイと名づけられたほど。3号が吉を怖がるのではないか――そんな心配もしていました。

でもね。

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吉は本当に人なつこくて、触らせてくれたし、人に向かって吠えることもありませんでした。
(
なので、番犬にはなりませんでした)

 

3号も、そんな吉の穏やかさを感じ取ったのでしょう。
一応、迎えてからしばらくの間、吉は屋外で過ごしてもらいましたが、数日もすると、3号の方から吉に寄って行くようになりました。

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吉が教えてくれたこと、その3

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吉の本当の年齢はわかりませんが、2015年の春頃から歩みが遅くなり、車に飛び乗れなくなりました。
2016年4月には前庭障害を患い、いっきに老け込みました。

2016年の12月13日に3号が逝くと、まるであとを追うように食べなくなり、12月30日には、「2、3日がヤマ。入院もできますが、おうちで看てあげた方が……」と言われ、
本格的な介護が始まりました。

大変だった……かな?

でも、可愛くて、愛しくて、切なくて、かけがえのない時間でした。

 

吉が教えてくれたこと、その4

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「最前線で戦っているのはこいつなんだから、おれたちは後方支援に徹するしかない」
このパパさんの言葉で、はたと気づいたのは、以前に書いた通り。

主体はあくまでも吉。

「生きる」とは
「命を終える」とは――

吉は、私に、とても大切なことを教えてくれました。

人を含めて、見送るのは吉が初めてではないけれど、
吉がいたから、見つめ直すことができたこともあるし、
新しく教えてもらったこともたくさんあります。

あらためて、ありがとう。

 

蛇足
パパさんが吉から教わったこともあるのですよ。

今まで水仕事なんかしたことのなかったパパさんですが、
介護中は、吉の食事を作ったり、お皿やフードカッターを洗ったりと、台所仕事にいそしみました。

そして、朝の最低気温が氷点下になる日が続いた1月。

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あかぎれができたのは初めてだったみたいですcoldsweats01

 

今日は三七日(みなぬか) 吉が旅立って21日目。

パパさんのあかぎれはすっかり治っていて、
「それも寂しい」
と、肩を落としておりました。

2017年12月13日 (水)

3号の命日

1年前の今日、2016年12月13日、3号は1号2号のもとへ旅立ちました。

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3号は通い猫の子どもです。

我が家には代々通ってくる猫がいて、時々おばあちゃんがキャットフードを食べさせていました。
田舎だったこともあり、当時は、野良猫がいて当たり前、飼い猫も家と外を行き来して当たり前で、
野良猫に餌をやることのリスクなど考えもしませんでした。
通ってくる猫も、どこかの飼い猫かもしれないので、むやみに捕まえるわけにもいきません。

何代目かの通い猫が3匹の赤ちゃんを連れてきたのは、2007年の夏ごろ。

ここで、通い猫が野良だと確定ましたが、その時には我が家にはツクネ(ポメミックス)がいたし、私がひどい猫アレルギーだったので、猫を家に入れるのは無理。

通い猫も、人間に捕まらないように、とても慎重でした。フードを食べるために、庭に入ってくる時には、赤ちゃん猫を空き地の茂みで待たせておいたのです。

おばあちゃんは3匹の仔猫を、大きい順に1号2号3号と呼び、通ってくるのを楽しみにしていた様子でした。猫たちも少しずつ警戒を解き、1号2号3号も庭に入ってきてフードを食べるようになりました。

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生まれつき心臓が悪かったツクネが、おじいちゃんやハツ(甲斐犬もどき)のもとへ旅立ったのは、2008年1月16日のことでした。

それから十数日後。
朝、玄関を開けると、驚いたことに、お母さん猫が戸の前で息絶えていたのです。傍らには、123号が――

「我が子をうちに託したんだね」

仔猫たちも、母猫の意図を理解していたのでしょうか、もう逃げたりはしませんでした。
そうして、123号は、うちの猫になったのです。

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とはいうものの、私は猫アレルギー。

猫のいるお宅の玄関を開けただけで、くしゃみ10連発、鼻水鼻づまり目はかいかい。子どものころは、ぜんそくの発作が起きるほどでした。
猫の方でも、猫が苦手な人間がわかるのでしょうね。1号と2号は、私の顔を見ただけで後退り。庭とおばあちゃんの部屋を行き来するだけで、決して居間の方にはやってきませんでした。

でも、3号は、まったく無頓着。私が草取りを始めれば、「何してるの?」と言わんばかりに、そばまで来て、せわしなく動く鎌に猫パンチしようとしたり、柄についているヒモにじゃれついたり。

初めて3号に触れた日のことは、今でも鮮明に覚えています。

あれは、隣のポヨタの社員寮の芝生で、ちょっとした作業をしていた時のこと。
私に気づいた3号は、フェンス沿いを歩いて出入り口を探し(なぜか、フェンスを跳び越えなかった)、ふさふさのしっぽを立てて、テッテッテッテっと、歩くと走るの中間ぐらいの速度でやってきて、私の目の前をするり。
その際に、尻尾の毛が、私の顔をふわりと撫でたのです。

「やわらか~い」

猫アレルギーといえども、猫に触った経験が皆無というわけではありません。でも、猫に触られたのは初めて。
とても嬉しかったし、ツクネもハツも剛毛だったので、柔らかさに感動しました。くしゃみは出ましたが。

それから少しずつ、私と3号の関わりが増えてきました。

猫の肉球の ぷにぷに度は、犬の比ではないこと。
猫の耳はとても薄いこと。
猫の舌は、ザラザラしていること。
猫は にゅ~んと伸びること。
猫は 軟体動物か!というぐらい体が柔らかいこと。
などなど、全部3号から教えてもらいました。

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いつしか、私の猫アレルギーは治っていました。ほどよい距離でのつきあいが、減感作療法的な作用を及ぼしたのかもしれません。
(花粉のアレルギーもほぼ同時期に直ったので、単に、歳のせいかも……なのですが)

1号2号が早逝したせいもあり、3号は私を下僕として認めてくれた唯一の猫となりました。
彼女がいなければ、私はいまだに猫アレルギーだったろうし、吉右衛門とモミジを迎えることにもならなかったでしょう。
今の暮らしがあるのは、3号のおかげ。

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やぶにらみで、はなたれで、傍若無人な猫、3号。
大好きだよ。
 

 

余談ですが、
1号2号3号を迎え入れた日、私も飼い主1号も、仕事だったので、おばあちゃんが猫の健康診断のために、一匹ずつ自転車のカゴに乗せて、ピストン輸送しました。
ところが、その帰り道、3号がいなくなってしまったそうです。いつの間にか、自転車のカゴから飛び降りたみたいです。
おばあちゃんは、急いで自転車を止めて、付近を探しました。
そうしたら、なんと自転車のそばの、積もった落ち葉の上にちんまり座っていたそうです。
「色が同じだったから、わからなかった」
と、おばあちゃんは言っていました。
このブログの名前を「落ち葉色の猫」にしたのは、そんなエピソードがあったからです。

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2017年7月 2日 (日)

あれから半年

7月になりましたね。

3号が旅立ったのが、昨年12月13日。
吉右衛門がぐったりしてしまって、医者へ連れて行ったのが12月30日。
その時、獣医さんに、
「あと2、3日がヤマ。入院していただいてもいいのですが、お家で看てあげる方が――」
と言われました。

お正月用の、我が家にとっては特別な牛肉を焼き、
鼻先でひらひらさせたら、目と口がぱかっと開いて、もぐもぐ――というのは、以前お伝えした通り。


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あれから半年。

吉右衛門は一進一退の繰り返し。
1回に食べられる量は減っているし、
食後に少し吐いてしまうこともあるけれど、
毎日快便\(^_^)/
一時期、6㎏台になってしまった体重も、
今は7、7㎏。

病名がわかりませんし、
いろいろな症状が、病気からくるものなのか、老化によるものなのかわかりません。
同居の動物がいなくなると、
犬や猫も人間と同じように、心に傷を負う
という記事を読みました。

3号がいなくなって、吉右衛門もペットロスならぬ
姐さんロスに陥ったのかな?

今日は、割合に調子がよかったのか、支えなしで歩きました。
(このあと、転んでしまいましたけどcoldsweats01)
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(芝生があちこちハゲているのは吉右衛門の お○っこ のせい。
雑草が伸びてるのは、私が草取りをサボっているせい)

2017年5月30日 (火)

うちの子記念日 ロングバージョン


以前から このブログを訪問していただいている方には、今更のお話なのですが、

一昨日の記事が簡単すぎたので、
吉右衛門との縁を結んでくださった 山梨県わんわんルームの皆様及び、
預かりボラをなさっていた“めいさん”へのお礼を込めて、
あらためて
吉右衛門との出会いから現在までを振り返りたいと思います。

あ、長いですよ。お忙しい方は、すっ飛ばして、写真だけでも(ほとんど既出ですが)眺めてやってください。

なお、出会いの日については、4年前のことなので、記憶が曖昧な上、
村田の妄想が混じってしまっているため、正確さを欠いていることをご了承ください。

(=^ェ^=)(=^ェ^=)(=^ェ^=)

それは、2013年5月、第80回日本ダービーの開催日、
ファンの方々が東京競馬場もしくは場外馬券場またはテレビやパソコンの前で盛り上がる中、
私は、犬の譲渡会が開かれるという「みさか桃源郷公園」へ向かいました。

過去に飼った犬のことや、突然、犬が欲しくなったわけなどを語り始めると、文庫本一冊分ぐらいになってしまうので省きますが、

とにかく、当時の私は、保護犬の存在を知ったばかりで、見学のつもりで、譲渡会場へ行ったのです。
方向音痴の私は、カーナビの案内に従って、~(中略)~なぜか公園が崖下に見え~(以下略)

譲渡会場には、十頭ぐらいの犬が、それぞれ木陰につながれていました。
ミニチュアダックスっぽいのや、スピッツっぽいの、柴犬――成犬がほとんどで、その時は、子犬はいなかったように記憶しています。


譲渡には厳しい条件があることも、ある程度は調べてありましたし、
うちには3号がいたので、そう簡単に犬を譲っていただけるとは思っていませんでした。
だから、半分はひやかしで、ボランティアさんに声をかけてみました。

「猫と暮らせる犬、いますか?」

すると、一組のボランティアさん(多分ご夫婦)が、段ボール箱を抱えてやってきて、
「今ならもれなく子猫がついてきますよ」
というお返事。
「え?」

私は、猫と暮らせる犬を飼いたいのであって、猫をもらいにきたのではありません。
猫はすでにいます。
私が言い間違えたのか、または聞き間違えたのでしょうか。

「あの、うちには猫いるので、その子と暮らせる犬を――」
「なら、もう1匹、猫、いかがです?」
「???」

(なんで犬の譲渡会にきて猫を勧められるの?)
私の混乱をよそに、ボランティアさんたちが話し合いを始めます。
「あの子なら、猫ともフレンドリーかもしれないわね」
リーダーさんらしき方の視線の先には、かわいい柴犬がいました。
5歳ぐらいのメスとのこと。
その柴犬は、丸まったしっぽをぶんぶん振って、お子様連れのご家族にじゃれついていました。
(可愛いなー。あの子が来てくれたら……)
その柴の女の子に、とても心が惹かれました。

「あと、ダイちゃんはどうかしら? 散歩の時に猫を見ても無視しているから、大丈夫じゃない?」
そんな声が聞こえ、私はそちらの会話に交じることにしました。

ダイは、推定年齢7歳のオスで、
今日の譲渡会に参加予定だけれど、預かりボランティアさんの都合で、少し到着が遅れるとのことでした。

「7歳ぐらい……。一緒に暮らせる時間が短いのはちょっと……」
実家にいた時を含めて、計5頭の犬と暮らし、つらい別れを経験しているので、
できるだけ長く一緒にいたいという気持ちは否めません。

(あの柴の女の子がいいって、言っちゃおうかな)
いや、そもそも今日は見学のつもりだったし、
などと思いながら、繋がれている犬たちの頭をなでていると、

「ダイちゃんが来た」
という声が――。

振り返った瞬間から、私の目はその犬に釘付けになってしまいました。
リードを持っている少年と、そのお母様が、かねてからの知人であることにも気づかず――。

柴犬とも秋田犬ともつかない、微妙な顔。
いまひとつ、巻き方にしまりのないしっぽ。
折れた右耳、
八の字眉毛、
ぼへ~っとした眼差し。

(何て素敵な……lovely

そうです。私はその推定年齢7歳のダイに、一目惚れしてしまったのです。

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一緒にいられる時間が短い……ということが引っかかり、
しばし逡巡しました。
でも、どうしてもこの犬と暮らしたいという気持ちが勝り、とりあえず、トライアルをお願いしました。
ダイの預かりボランティアさんが知り合いだったこともあったのでしょう、話はとんとん拍子に進みます。

「なら、猫も一緒にいかがです?」
先ほどのご夫婦のボランティアさんに声をかけられました。
わけを聞くと、近所の物置で野良猫が出産したので、離乳を待って保護したとのこと。
母猫と他の子猫はまだ捕まらないとのことです。

中をのぞくと、三毛の子猫が不安げにこちらを見上げています。

(だめだ……可愛すぎる)

保護犬の譲渡会で、猫と暮らせる犬がいるか――と、訊いてくる里親希望者は、いったい何人いるのか。
犬の譲渡会に参加する猫がいったい何匹いるのか。
猫と暮らせる保護犬が何匹いるのか。その犬の預かりさんが、希望者の知り合いである確率は何パーセントなのか。


「天啓かもしれない」
 

その場で、家に電話しました。
「犬、お試しで、連れて帰るけどいいかな?……それと、子猫がおまけについてくるんだけど……」
『いいよ。1匹も2匹も変わらないわよ』
半世紀以上の猫飼い歴を持つ“おばあちゃん”は快諾。


要約すると↓ (既出の絵ですみません)
 
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譲渡会場で撮っていただいた写真↓
 
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うちにつれて帰ると、3号は、最初の5分ほど目を丸くしていましたが、
犬に怯える様子もなく、
また、大人しいダイは、先住猫を格上と認めたようでした。
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その日、ダービーで勝ったのは、「キズナ」
何だか、嘘のような本当の話。


犬の名前の候補はいくつかあり、ダイのままという案もありましたが、
“パパさん”が、「うちの家族になったんだから、新しい名前をつけたい」とのこと。
まだトライアル中だったのですけどね。coldsweats01

で、最有力候補は「おつ」。「おっさん」と呼びたいと――。

でも、子猫のためのケージを買いにいく途中で、“パパさん”の中で急に何かが閃いたらしく、
「吉右衛門にしよう。額の模様が歌舞伎役者みたいだから」
“おばあちゃん”が中村吉右衛門のファンであることを知っていての所業でしょうか。
「呼び捨てにできないじゃない」
と、“おばあちゃん”。
“おばあちゃん”は、今も吉右衛門を「きっちゃん」と呼びます。

トライアルが終了し、正式に譲渡していただく際にうかがった話によると、
吉右衛門は、愛護センターに飼い主によって持ち込まれた犬だそうです。

飼い主持ち込みの場合は、殺処分されることが多いそうですが、(この辺、記憶が曖昧なので、鵜呑みにしないでください)
健康で、人なつこく、大人しい犬なので、きっと里親が見つかるだろうと、保護ボラさんが引き出したとか。

愛されて育ったように思われるので、
もとの飼い主さんに、どうにもならない事情が起きて、泣く泣くセンターに持ち込んだのでは、と 思います。というか思いたいです。

吉右衛門も、多分、もとの飼い主さんが迎えに来るのを待っていたのだと思います。
散歩に連れ出すと、どこまでもどこまでも歩いて行こうとしました。
引っぱりはせず、私の歩調に合わせてくれましたが、
戻ろうとすると、切なげに遠くを見ます。

 
「もとの家に帰りたい?」
『そりゃあ、もちろん』
そんな声が聞こえてきそうでした。


一方、おまけ子猫をモミジと名づけたのも“パパさん”です。
色合いが、花札のモミジみたいだからだそうです。

 
 
モミジは、とても恐がりで、ケージから出しても、すぐに隅っこにかくれてまいます。
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3号のストレスが心配だったので、最初は、吉右衛門を“おばあちゃん”の部屋の前のテラスに係留しておいたのですが、吉右衛門は寂しがり屋で、人の気配が遠ざかると「ヒンヒンヒンヒン」と情けない声で泣きました。
なので、玄関へつなぎ、やがて居間で暮らすようになりました。

破壊大魔王に変身したモミジは、3号と遊びたがりましたが、3号は子猫のパワーに押され気味。
「ならば、あっしが遊んであげやしょう」という吉右衛門に対し、モミジは引き気味。
吉右衛門は、3号がやってくれば、道を譲り――という、変則的三角関係ができあがりました。


吉右衛門と散歩していると、
「何歳で。へえいい歳ずら」「顔が白いし、12歳ぐれえけ?」
と、ベテラン犬飼いさんからよく声をかけられました。

獣医さんは、「確かに歯を見ると一桁な感じだけど……」
と、言葉を濁しました。
もしかすると、7歳以上だったのかもしれません。

でも、年齢なんてどうでもよくなっていました。
あの日、あの場所で、出会い、モミジとともに我が家の一員になる運命の犬だったのですから。

あ、吉右衛門の誕生日ですが、なぜうちの子記念日と同じなのかというとですね。
登録のために市役所へ行くと、誕生日を書く欄があり、保護犬なのでわからない旨を伝えると、
「適当に設定してください」とのこと。

もうダービーの日にするしかないでしょ?

私が記事をアップする前からお祝いメッセージをくださった方々、
ありがとうございます~m(_ _)m

話を戻します。

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わんわんルームのボランティアさんに撮っていただきました↑
エビィちゃん、里親さんが見つかったと聞いたけど、今頃、どうしてるかなあ。

ちなみに、この日に勝ったのは、ワンアンドオンリー。

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この年に勝ったのはドゥラメンテ?
バタバタしていて、ブログをお休みしていた時期でした。

悲しいことや辛いことや、悔しいこともあったけど、
犬猫から癒やしパワーをもらって、何とか乗りきり、
ささやかな幸せを実感できるようになったのですが――。

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親身になって相談に乗ってくださった方が被災し、weep

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3号のいない寂しさを埋めてくれたのは、他ならぬ吉右衛門でした。
その頃の吉右衛門は、
足元がおぼつかなくなって、トイレには支えが必要になっていました。

きっと歳のせいだろう、保護時の推定年齢は7歳だったけど、実際はもっと年寄りだったからに違いないと思っていたけれど――。
 

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「この2、3日がヤマです。入院という選択肢もありますが、お家につれて帰って、一緒にいてあげる方が……」
と、獣医さんに言われました。

その後のことは、最近の記事に載せたので、省きます。

昨日は、2週間に一度の診察日だったのですが、
体重は7、4キロ。前回よりも200グラム増。\(^_^)/

ご飯も、まあまあ食べて、排泄も順調。

脳腫瘍ではなく、脳梗塞だったのかもしれません。
全身麻酔は体の負担になるので、詳しい検査はしていません。
お医者さんも、年齢がわからないので、診断や治療方針を立てるのが難しいとおっしゃっていました。


とにかく、4回目のうちの子記念日&お誕生日が迎えられてよかった。

一昨日はレイデオロが勝ったとか。
黄金の王という意味だそうですね。

我の王様は……↓
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さいごまで読んでいただき、ありがとうございましたm(_ _)m

2016年12月13日 (火)

3号が旅立ちました

本日、午前1時過ぎ、3号が、お兄ちゃんたち (1号、2号)のところへ旅立ちました。

前記事では、ご心配いただき、また、暖かいお言葉をありがとうございました。コメントにまだお返事ができなくて、申し訳ありません。
落ち着いたら、あらためてお返事いたします。

2016年12月 8日 (木)

腐葉土色のエイズ猫不調

3号の元気がなくなってしまいました。
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三日前ぐらいから、変だな~とは思っていました。
便秘してるし、
それでも、夕べは「ロイカナ、ハイカロリー」を食べたのですが、
今日は、丸一日飲まず食わずで、
尿の量も少なくて、
階段の上り下りに、いつもの軽やかさがありません。
鼻づまりや、耳だれもいつもよりひどい。


FIVを発症しているので、ある程度はしょうがないとは思うものの、
念のために、お医者さんに診てもらいました。


診察の結果、
「夏のあの容態からみると、今、生きているのが奇跡」wobbly
喜んでいいのか、悲しんでいいのか……。


熱があったので、解熱剤の注射を打ちました。
他の薬を併用するのは、負担になるとのことで、
耳と鼻については、そうじだけ。
便秘については、「力が入らないのでしょう」ということで、
摘便してもらいました。


熱が出るのは、まだ体力がある証拠。
体温が下がる方が危険だと言われました。
元気がない時には、砂糖水を飲ませるようにし、
食が進まない時は、ハイカロリーを濃いめに溶いて食べさせるように
と、言われました。


モミジが元気なのが、救いです。
 
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2016年11月17日 (木)

近況報告

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自分のウンPを踏んでしまったのでshock
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(=^・^=) (=^・^=) (=^・^=) (=^・^=)


最近の吉右衛門、
はさまるだけじゃなくて、
しばしば転んでしまいます。
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徘徊していて枕につまずき、
そのまま寝てしまったもよう。

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2016年11月11日 (金)

いつものネタ

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↑これだけイラストですが、実話ですgawk

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